こんにちは(^◇^)
GWにふさわしい、素晴らしいお天気に恵まれました。
私は仕事をしておりますが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
今朝の『とくダネ!』で、津波を記す石碑が紹介されていました。
四国だけでも46ヶ所に石碑が建っているそうです。
全国にどれほ津波を記す石碑があるのかというと、それは物凄い数になるだろうということで、
具体的な数は伝えられませんでした。
この番組の中で、大阪の京セラドーム近くの大正橋東詰に、安政大津波被害を記す石碑が建ち、
そこには、嘉永七年(1848〜1854)六月十四日午前零時頃、大きな地震が発生し、三重県や奈良県で
多くの死者が出たこと、河川や橋の状態、水は町のどの辺りまできたのか、
また、小舟に乗って避難した者が津波で水死した等、細かに刻まれ、大地震が起きた場合
必ず津波が襲うものだと心得なければならないという、教訓が書かれているそうです。
そして、その石碑の文章の最後には、
『ここに記録しておくので、心ある人は時々碑文が読みやすいよう墨を入れ、伝えていってほしい』
と、ありました。
この石碑が建つ地域の保存委員のご老人は、年1回お盆の頃に、何日かかけてこの碑文に黒い墨を入れ
ているそうです。
私はこの時、黒い墨より白いペンキを吹き付けたらより鮮明に文字がわかり、作業も短時間で済むの
にな〜と、ぼんやり思いました。
その後すぐにご老人は、ペンキを入れた方がいいと言う意見もありますが、先人の伝言だから
あえて墨で入れとる訳なんです・・・と、仰られたのです。
何でも効率的に進めようとする自分に、ハッとさせられた瞬間でもありました。
先人が石碑に残してまで伝えたかったこと、伝えなければならないと思ったこと、それを伝承して
欲しいという思いを、保存会は忠実に守っておられるのです。
年に1度、一字一字に墨を入れ込む作業は、先人と繋がる一時なのだろうと思いました。
この石碑を残された先人と、それを守ってゆく人々に朝からとても感動したわけです。
つい先日、各務原市の古い村の墓地へ行きました。
そこには墓地を守る6体のお地蔵様が立っていました。
かろうじて見える刻字には、安政元年とありました。
今朝の石碑は嘉永でした。
嘉永と安政っていつぞや???
逆から→平成→昭和→大正→明治→慶応→元治→文久→万延→安政→嘉永
嘉永は1848〜1854
安政は1854〜1860
とくダネの中で、300〜400年前に建てられた津波を記す石碑もあると言っていました。
そう思うと、石って凄いな

石の伝える力って凄いな

何百年も後に、うちが刻んだ文字も誰かに読んでもらえると信じて
仕事に励みます!(^^)!
posted by いしさく at 11:50| 岐阜

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日記
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